2013-08-02

埋もれた名盤、『Clear Spot』 (Captain Beefheart & The Magic Band)

相変わらず更新が遅くてすみません。
今回は私が敬愛するキャプテン・ビーフハートの1972年作、『Clear Spot(クリアー・スポット)』について書きたいと思います。

隊長通算7作目のクリアースポット
『クリアー・スポット』はビーフハートの歴代作品の中でも最も「正しい手法で」売れ線を目指したと言える傑作で、歌詞をより分かりやすく(隊長曰く「女性向け」)、サウンドもより聴きやすく仕上げた楽曲の中でマジックバンドによるキレのある演奏が絡み合い、非常にバランスの取れた作品に仕上がっています。ロックやブルーズの要素を強く感じさせます。しかしながら、本作は『スポットライト・キッド』、『アンコンディショナリー・ギャランティード』というキャリアの中でも1,2位を争う地味な作品に挟まれており、また、全米アルバムチャート191位とセールスも奮わなかったことから、かなり目立たない作品となっています。この調和の取れた傑作があまり知られていないというのは実に悲しいことだと思います。『クリアー・スポット』は今なら『スポットライト・キッド』との2in1CDで入手することが出来るので、持っていない方は是非聴いてみてください。

 ドゥービー・ブラザーズやヴァン・モリソン、リトル・フィート、後年にはヴァン・ヘイレン作品のプロデュースにも携わることになるワーナーの秘蔵っ子ことテッド・テンプルマンがプロデュースを担当し、元来ワンマン志向の強かったビーフハートのアルバム制作に第三者的な視点を与えています。また、本作に携わったエンジニアのドン・ランディはテンプルマンと共に前述のアーティストの作品を手がけた実績があり、『クリアー・スポット』全体で聴くことが出来る素晴らしいサウンド(特にタイトでくっきりしたドラム)は、この人のミキシングによる成果ではないかと思われます。隊長とフィル・シアーのプロデュースによって作られた前作の『スポットライト・キッド』におけるミックスと本作のそれを聴き比べると、その差は歴然です。ビーフハートとテンプルマンの制作面での衝突はあったものの(後に和解)、ワーナーから送り込まれた優秀な人材たちによるサウンド面での貢献は確かに感じられます。

 本作の特徴としては、前衛的な『トラウト・マスク・レプリカ』や『リック・マイ・デカルズ・オフ、ベイビー』、さらには妙にのんびりとした佳作『スポットライト・キッド』に比べて「商業的な成功」をより強く意識した作風に仕上がっている点が挙げられます。皮肉なことに『クリアー・スポット』は前述の3作を下回るセールスとなってしまいましたが、内容そのものはヒットする可能性を十分に秘めていたと思いますし、キャッチーな作風とはいえマジック・バンドの演奏や楽曲の質は非常に高いです。『クリアー・スポット』に対してドラムとパーカッションを担当したマザーズ出身のエド・マリンバことアート・トリップは、「ちょっと奇妙な曲もニ、三あったけど、半分くらいの曲はラジオをつければ流れてくる普通のゴミと変わらない。違っていたのは、俺たちはユニークな音を出していたという点だな」という評価を下しています。辛辣なコメントではありますが、このマジック・バンドが奏でる「ユニークな音」という要素がこの作品を単なる陳腐なポップ作ではなくビーフハートらしさを十二分に残した素晴らしい作品に変化させたことは間違いないでしょう。


#01 Low Yo Yo Stuff

ややフランジャーの掛かったギターリフから曲が始まり、力強いビーフハートの声とバシバシと乾いたスネアサウンドを聴かせるドラムが加わる。そして、ミックスのバランスの良さも相まってバンド全体が素晴らしいリズムを生み出している。前作『スポットライト・キッド』で使われていたマリンバはどこか奇妙でサウンド的にもかなり浮いていたが、この楽曲ではマリンバが良いアクセントになっている。

#02 Nowadays A Woman's Gotta Hit A Man

小気味よいスネアのリズムに乗って隊長のハーモニカが炸裂。クランチの効いたリズムギターとやや暴走気味に演奏されるスライドギターによるソロが心地良い。ツボを抑えたホーン隊の使い方は今までの作品にはなかった要素だ。

#03 Too Much Time

隊長流ソウルミュージック。抑え気味なギターと小気味よいホーン隊が味わい深い。コーラス専門女性グループのThe Blackberriesによる的を射たコーラスもこのポップな楽曲に華を添えている。本作屈指のキャッチーな曲で、歌詞も以前と比べると非常に分かりやすく、実際にシングルカットもされた。ワーナーはこの曲の販促資料に大金を注ぎ込んだらしいが、残念ながらチャートインすることは出来なかった。ラジオ受けも良さそうなこの曲がまったく売れなかったのは何故なのだろうか。かつて『トラウト・マスク・レプリカ』という問題作を世に放ったキャプテン・ビーフハートという名前そのものが敬遠されてしまったのか?

#04 Circumstances

冒頭から隊長がダミ声で吠える吠える。声もハーモニカも実にソウルフルだ。緩急を付けた構成が聴者を飽きさせない。

#05 My Head Is My Only House Unless It Rains

爽やかなギターリフと共に隊長が優しく歌い上げる小品。ポップではあるが決して陳腐な楽曲ではないというバランスが○。単調な展開ではあるが、2本のギターによる工夫されたフレージングが楽曲に深みを与えている。

#06 Sun Zoom Spark

大好きな一曲。なんと言ってもアート・トリップによるカウベルのシンコペーションを生かしたリズムワークが見事。疾走感のあるプレイで曲を盛り上げている。隊長による豪快なハーモニカプレイも聴き所。それぞれ違うフレーズを演奏しているリズムギターとスライドギターの音を左右に振り分けることでグルーヴ感を生んでいる。2分14秒という短さが惜しい。ずっと聴いていたい。

#07 Clear Spot

フランジャーを効かせたどこか気味の悪いギターリフとどっしりとしたドラムが響く中、隊長は「走って走って、クリアー・スポット(都会から離れた空気の澄んだ場所)にたどり着くんだ」と歌い上げる。この曲でも左右にパンされたリズムギターが良い効果を生んでおり、聴きやすいようでどこか不思議なサウンドは、間違いなくギターコードの響きによるものだろう。

#08 Crazy Little Thing

スライドギターが奏でるギターリフから始まり、がなり立てる隊長の声とThe Blackberriesによるコーラスが掛け合いとなり聴者を挑発する。タイトなプレイに徹するドラムの音は本当に私のお気に入りだ。また、マザーズ出身のロイ・エストラーダによるオクターブ奏法を駆使したリズム感のあるベースが炸裂している。ロイ・エストラーダのキャリアの中でもベストのベースプレイではないだろうか(言い過ぎ?)。

#09 Long Neck Bottles

細かくスネアが刻まれる#2に近いリズムパターンの中でブルーズ的な隊長の歌とハーモニカが響き渡る。2本のギターによるリズムワークも非常に良い。いかにこの作品がギターによるリズムワークによって支えられているのかを痛感させられる。

#10 Her Eyes Are A Blue Million Miles

コーエン兄弟の映画『ビッグ・リボウスキ』にも使われた名曲。(この映画は私も大好きだが、どこのシーンで使われたのかまったく思い出せない…)「オレが彼女を見つめると彼女もオレを見つめてくれる 彼女の瞳に海が見える オレみたいな男を彼女がどう考えているのかわからない しかし彼女は『愛してる』と言ってくれる 彼女の瞳は青の百万マイル」という、隊長にしてはド直球な歌詞が聴者の心を捉える。全体的に抑え気味の演奏がその感傷的な雰囲気作りに貢献している。

#11 Big Eyed Beans From Venus

2本のギターによるコールアンドレスポンスが素晴らしい。『トラウト・マスク・レプリカ』で聴けるようなギターフレーズが炸裂しており、本作では最も「隊長らしさ」を感じさせる楽曲ではないだろうか。"Mister Zoot Horn Rollo, hit that long lunar note, and let it float."という隊長のセリフの後に加速し始める熱を帯びたマジック・バンドの演奏が本作品のハイライトと言えよう。

#12 Golden Birdies

リズム隊が一通り演奏すると、突然ギターとマリンバの奇妙なユニゾンフレーズに切り替わり最終的には隊長による抽象的な語りでアルバムが締めくくられる。こうしたヘンテコな小曲が最後の最後で収められている点に、この作品のユニークさを強く感じる。


 『クリアー・スポット』は軽く聴き流しても楽しめますし、また、個々のプレイヤーの演奏、特にビル・ハークルロードとマーク・ボストンの両ギタリストによるコールアンドレスポンス的なギタープレイ、アート・トリップの職人的なタイトでリズミカルなドラムプレイに注目して聴くことで新たな音楽的発見があります。ギターを担当したビル・ハークルロードは"Crazy Little Thing"と"Clear Spot"、"Low Yo Yo Stuff"の3曲で自分の名前がクレジットされるべきだったと主張していたようですが、これは正当な要求だと思います。『クリアー・スポット』はギターリフの展開の中で構築された楽曲が多いように感じますし、楽曲すべてのクレジットをビーフハート単独のものにしてしまったのはあまりにも自己中心的ではないでしょうか。こうした隊長によるメンバーに対する不当な扱いや、ライブのギャラの不払い等が重なり、唯一無二のサウンドとテクニックを持ったマジック・バンドの面々は一斉に隊長の元を離れ、ジェスロ・タルのリーダーであるイアン・アンダーソンの支援の元「マラード」というバンドを結成してしまいました。メンバーにそっぽを向かれてしまったビーフハートはこの後どんどん悪い方向へ進んで行ってしまうのです。

 もし隊長がマジック・バンドのメンバー達にちゃんとギャラを払い、キャッチーな傑作『クリアー・スポット』がしっかり売れていれば、ビーフハートのこの後の音楽キャリアもまた違ったものになっていったのかもしれませんね。




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