2015-03-04

80年代ニュージーランド音楽考―「フライング・ナン・レコーズ」と「ダニーデン・サウンド」

 音楽シーンのメインストリームであるアメリカやイギリスから遠く離れた島国ニュージーランド。この地理的なハンディキャップ故にアメリカやイギリスでは生じ得ないような実にユニークな音楽シーンを形成しているニュージーランド(ニュージーランドのロックのことを"Kiwi Rock"と言うらしい)に対して、同じく極東の島国に住む私はある種の親近感のようなものを覚えてしまう。ニュージーランドだけでなく70年代におけるドイツのクラウトロックなどにも同じことが言えるわけだが、アメリカ・イギリスの音楽シーンと地理的に距離を置くこと、というよりも置かざるを得ない状況によって、主に米英によってもたらされるその時代のメインストリームのサウンドに染まらない高踏的な音楽…つまり、今回取り上げる80'sニュージーランド音楽のように、オーパーツというよりは良い意味合いで時代錯誤、タイムラグを感じさせるようなものが、そうした国々によって生み出されることがある。ニュージーランドのバンドが意図的に時代の音に逆らっていたかは定かでは無いが、その時代に流行しているサウンドを安直かつ刹那的に取り入れようとするのではなく、あえて時代に逆らっていくことによって生じる創造性の偉大さは、世はシンセサイザーサウンド真っ盛りの1985年にトム・ウェイツが発表した大名盤「レイン・ドッグ」(面白いことにこのアルバムはアメリカ以外の国で大ヒットした)によって証明されており、大物ミュージシャン含め、多くの人間が80's特有の時流に乗ろうとして大失敗していた中、そうしたある種の「頑固職人」的なアプローチによって音楽を作り出していたミュージシャンを、後追い世代の私としてはどうしても評価したくなってしまう。このあたりはもはや音楽的側面というよりもメンタル的な意味合いをも孕んできそうではあるが。そういえば、80年代に入ってどんどん時代を音楽的に逆行していったトム・ウェイツとは対照的に、トム・ウェイツと同タイプの吟遊詩人型ミュージシャンと言えるレナード・コーエンがシンセを用いた80'sサウンドをバシバシ取り入れてたのは面白い事実ですね(あのスッカスカなサウンドは妙に癖になります)。とは言いつつも私はアンチ80'sミュージックの人間というわけでは無くて、むしろあの時代のシンセサイザーの音色をかなり気に入っているし、世間的には「80'sミュージック」という概念が単なるリアルタイム世代の懐古趣味のような物であるにしろ、所謂「洋楽」への入り口として貴重な存在であることは否定出来ない。かくいう私も小3の時に聴いたホール・アンド・オーツ(当時サイバーショットのCMソングだった)がきっかけで現在に至るのだから。ただ、単なる"ノスタルジア"としてではない素晴らしい80's音楽を、後追い世代かつ音楽の底なし沼に身体の大部分が浸かりつつあるリスナーとしては判官贔屓的に評価したくなってしまうのだ。また、昨今のミュージシャンが80'sサウンドへ回帰しているという事実から、30年経った今、ようやく80'sサウンドを真っ当に俯瞰出来るようになってきたとも言える。昨年のトッド・テリエは正に80's回帰を露骨なまでに示したサウンドであったが、ジョルジオ・モロダーの再来とも言える、確かにノスタルジックではあるが80'sサウンドをうまく2014年の音楽として成形し直した見事なアレンジには驚いた。

 末恐ろしいほどに話題が違う方向へ逸れて行ってしまったが、ここからは80年代ニュージーランド音楽について綴ることにする。検索してみたところ、80年代のニュージーランド音楽について日本語で書かれているページやブログがあまり無く、少なくとも日本国内ではかなりニッチな存在であることは間違いない。以前、ニュージーランドの通販サイトでダニーデン・サウンド系バンドのCDを買った際には、余程日本人による注文が珍しかったのか、包装の袋に黒ペンで"THANKS KOJI.(※下の名前です) RICK."と書かれていたのが印象的だった。newzealandcds.comのリックさん、こちらこそありがとうございました。
 知名度は高く無いとはいえ、この80年代のニュージーランドの音楽シーンから60年代回帰を思わせるローファイなサウンドが魅力の素晴らしいバンドが多く登場した。そうしたバンドに共通する重要なキーワードとして「ダニーデン・サウンド(Dunedin Sound)」と「フライング・ナン・レコード(Flying Nun Records)」の2つを挙げることが出来る。ダニーデン・サウンドとは80年代初頭にニュージーランドの南にある学園都市ダニーデンで誕生したインディロック系の音楽ジャンルであり(その局地的な要素とジャンル内の音楽的な類似性においてデトロイト・テクノとの相似を指摘する人も居るようだが、個人的にはペイズリー・アンダーグラウンドのほうがジャンル的には近いのではないかと思う)、そのジャンルの中心に存在していたレーベルがフライング・ナン・レコードである。フライング・ナン・レコードはクライストチャーチのレコード店従業員Roger Shepherdが「DIYポストパンク精神(do-it-yourself post-punk attitude)」に基いて1981年に設立したインディ系レーベルであり、The CleanやThe Bats、The Chills、The Verlaines、Tall Dwarfs (Chris Knox)、3Ds、Bird Nest Roysといったダニーデン・サウンドを代表するバンドを多く輩出してきた。そんなダニーデン・サウンドの売りはなんと言っても時代錯誤的なローファイでゆるゆるなバンドサウンドであり、事実、設立初期のフライング・ナン・レコードは4トラックや8トラックで多くのバンドのレコーディングを行っていた。レーベルを代表するバンドThe Cleanの1stEP"Boodle Boodle Boodle"(1981)は650ドルという低予算で制作されながらも、NZのシングルチャート(当時ニュージーランドにはEPチャートが無かった)4位にランクインし、半年近くTOP20にチャートインし続けたそうだ。当時の米英ではリズムボックス(今思えばリズムボックスもローファイサウンドの一種とも言えるが)やゲートリバーブ、大量のトラック数を用いたドラムサウンドを含んだ楽曲がチャートを賑わせていた一方で、地球の反対側ではこんなローファイなEPが売れていたのだから面白い。1981年にこのような作品が売れた理由は、きっとニュージーランドの地理的な特殊性とニュージーランド人特有のDIY精神に起因するのだろう。

ここで私がお気に入りのダニーデン・サウンド系バンドをいくつか紹介したいと思う。

The Clean

 
 The Cleanは前述のとおりフライング・ナン・レコード初期における躍進のきっかけを作ったバンドでありダニーデン・サウンド系バンドの中で最も「ゆるさ」を売りにしているバンドなのではないだろうか。The Cleanの初期の楽曲に目立つBPMが定まらないルーズなドラムとVOXコンチネンタル風のオルガンのチープな響きはいかにも60'sのオーラを纏っているし、そうしたローファイなサウンドはもちろん、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響を強く感じさせる脱力系のボーカルやノイ!を思わせるミニマル的にダラダラ続いていく演奏も特徴的である。楽曲に漂うユーモア溢れる雰囲気には同じくローファイなサウンドを売りにしていたアメリカのヴァイオレント・ファムズのそれと似たものを感じる。

 
 これはダニーデン・サウンド系バンドが複数集まった一種の音楽フェスのようなイベントの映像なのだが、高校の軽音部が開く演奏会のようなほんわかした雰囲気の中で演奏が行われているのが非常に微笑ましい。

 
 The Cleanは1990年にも"Vehicle"という名盤を発表しており、流石に"Boodle Boodle Boodle"から10年近く経った作品であるためローファイ加減はやや改善されているが、それでもやはりストレートなバンドサウンドを前面に押し出しており、その朴訥な魅力は失われていない。
このようにThe Cleanはダニーデン・サウンドを体現すると共にそのムーブメントの中心に居たバンドであり、多くの人たちに是非聴いてもらいたいバンドである。これからThe Clean聴きたいという人には初期から"Vehicle"の頃までの音源が詰まった2枚組コンピレーションアルバム"Anthology"をおすすめしたい。しかも意外と安い。


The Bats

 
 The CleanのベースRobert Scottが結成したThe Batsは、The Cleanほどダラダラフニャフニャはしていないが、やはりローファイでストレートなバンドサウンドが魅力。Robert ScottとKaye Woodwardの男女による優しいボーカルのハーモニーが心地よい。ハイテンポで疾走感がある明るい曲が多く、非常に爽やかに仕上がっているため、The Cleanよりも取っ付き易いバンドなのかもしれない。明るい曲が多いと言っておきながら何か矛盾しているような気もするが、ザ・スミス好きなんかにおすすめしたいバンドだ。3rdアルバムの"Fear of God"(1991)もかなり良いのだが、やはりおすすめしたいのはダニーデン・サウンドの頂点に立つ名盤である1stアルバムDaddy's Highway(1987)。個人的に気に入っている楽曲はTreasonNorth By North、ボーナストラックのMad On Youと上記のMade Up In Blue。どれか1曲でも良いと感じた人は是非アルバムを手に取ってみて欲しい。


The Chills


 The Chillsもダニーデン・サウンドを代表するバンドである。1984年に発表したシングル"Pink Frost"はスカスカなバンド演奏をバックに叙情的なギターとボーカルが冴える名曲であり、ジャングル・ポップ、パワー・ポップ的で明るい要素を持つ前述の2バンドの楽曲とは一線を画するサウンドを打ち出している。ポストパンク的な楽曲ではあるのだが、英米のバンドにはない独特な雰囲気を持っており、非常に癖になる。

 
 とはいえ"1986年発売のコンピレーション"Kaleidoscope World"収録のPink Frost"以外の楽曲に関しては、やはりThe CleanやThe Batsと近い感触のアレンジとなっており、この表題曲は60年代風のよりダニーデン・サウンドらしいものに仕上がっている。

 また1990年発表の"Submarine Bells"ではローファイ色が薄れ、鍵盤楽器やシンセサイザーを多く取り入れたアレンジが目立っている。上記のHeavenly Pop Hitは歌詞が素晴らしいので是非一聴を。The Chillsを聴きたい人にはとりあえず前述の"Kaleidoscope World"をおすすめします。


他のThe Verlaines、Tall Dwarfsあたりのバンドも面白いのですが今日はこの辺で終わりたいと思います。

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